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横浜地方裁判所川崎支部 昭和60年(ワ)583号 判決 1987年12月17日

原告

真空技研工業株式会社

右代表者代表取締役

芳山信春

右訴訟代理人弁護士

寒河江孝允

被告

株式会社真空技研

右代表者代表取締役

南部寿男

右訴訟代理人弁護士

山田茂

鈴木博

右山田茂訴訟復代理人弁護士

大西英敏

角田淳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は「株式会社真空技研」なる商号を川崎市幸区南加瀬二五九三番地所在の工場、事務所の看板など同区内においてこれを表示してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、商号を「真空技研工業株式会社」とし、本店所在地を肩書地とする各登記をして、真空集塵機、送風機、空気搬送装置等の設計、製造、販売を行っている。

2  被告は、肩書地に本店の登記をし、真空装置、真空バルブ、真空排気装置、真空ポンプ、真空蒸着装置等の製造、販売をしているものであるが、昭和六〇年四月頃、川崎市幸区南加瀬二五九三番地に新たに工場、事務所を設置し、右の事務所、工場の看板に、「株式会社真空技研」なる商号を表示、使用している。

3(一)  被告が事務所、工場の看板に表示、使用している「株式会社真空技研」なる商号は、主要部分が「真空技研」からなり原告の商号と完全に一致し、原告の商号とは「工業」の有無及び「株式会社」の名称の位置が異なるだけであるから、原告が登記した「真空技研工業株式会社」の商号と同一というべきであり、そうでないとしても明らかに類似している。

(二)(1)  被告は、前記のとおり、原告の登記された本店所在地と同じ川崎市幸区内に工場、事務所を設置し、原告の営業と同一の営業のために、「株式会社真空技研」なる商号を看板に表示して使用しているのであるから、商法二〇条二項により不正の競争の目的を以てこれを使用するものと推定することができる。

(2) 仮に、右の推定ができないとしても、被告は、原告の本店所在地と僅か約五〇〇メートルしか離れていない場所に事務所、工場を設置し、その看板に、「株式会社真空技研」なる商号を表示したうえ、原告の営業品目と同一もしくは類似の品目を製造、販売し、原告の取引先と一部同じ取引先を相手に営業を行っているのであり、そのため現に、誤って原告の顧客が被告の工場に、また逆に被告の顧客が原告方にそれぞれ赴いたり、被告の郵便物が原告宛てに配達されたり、取引先からの銀行振込の間違いが生じたり、電話が間違って掛ってくるなど、原告は、商号の誤認、混同によって営業上、信用上多大な迷惑を被っている。従って、被告には商法二〇条一項にいう不正競争の目的のあることが明らかである。

4  よって、原告は、被告に対し、商法二〇条に基づき請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否と被告の主張

1(認否)

(一)請求原因第1、第2項の事実はいずれも認める。

(二)  同第3項(一)の事実中、原告の商号と被告の商号が同一又は類似していることは否認し、その余は認める。

(三)  同項(二)の事実中、原告の登記された本店所在地と被告の設置した工場、事務所が川崎市の同一区内の近接した距離にあり、間違い電話がたまにあったことは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

2(商法二〇条二項の主張に対する抗弁)

被告は、昭和四九年四月に設立され、肩書地を本店所在地としているが、設立当時原告の存在を全く知らず、従って原告の商号を真似て「株式会社真空技研」の商号を付した経緯はない(そもそも「真空技研」という名称は、特異な名称ではなく真空技術に関係した会社であれば一般に考えつくものであり、現に他にも同様の名称の商号をもつ会社が存在している)。被告は、昭和五九年暮れに、川崎市幸区南加瀬二五九三番地に工場用地を取得し、翌昭和六〇年一月に工場建設に着手し、同年四月にこれを完成して、以後今日に至るまで工場を稼働しているが、被告の右事務所、工場に近接した場所に原告の本店所在地があることは後になって初めて知ったものである。しかも、原告の営業目的は、主として真空集塵機、送風機、空気搬送装置等の環境機器の製造販売であるのに対し、被告の営業目的は、主として半導体製造のための真空装置、高周波装置等の製造販売であって、原告と被告の営業は重なることが全くないのであるから、競争関係にない。以上のとおり、被告には「株式会社真空技研」の商号を使用することについて、不正競争の目的がないことは明らかである。

三  抗弁に対する答弁

否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因第1、第2項の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被告が事務所、工場の看板に表示、使用している「株式会社真空技研」なる商号が、原告によって登記されている「真空技研工業株式会社」の商号と同一又は類似しているか否かにつき検討するに、<証拠>によれば、原告の顧客が被告方を、また被告の顧客が原告方を各誤って訪れ、被告への郵便物や荷物が原告方に誤配され、被告の取引先が被告宛に金員の銀行振込みをすべきなのに誤って原告宛に振込みをし、また間違い電話もあったことなどの各事実が認められ、右の認定を覆すに足りる証拠はないところ、原告の商号「真空技研工業株式会社」と被告の商号「株式会社真空技研」に関しては、まず原告の商号中「工業」の部分は営業主体の識別標識としてはその識別力が乏しいし、「株式会社」の位置の違いも識別力に乏しいというべきであるが、原告及び被告の商号中の共通する部分である「真空技研」の個所が世人ないしは一般の顧客の注意を特に惹く主要部分であるということができ、これに着目して原告及び被告の右商号を更に全体として観察してみるとき、文字上からも、発音上からも、観念上からも「株式会社真空技研」なる商号は「真空技研工業株式会社」の商号と同一であるとまで認めることは困難であるが、一般取引市場において世人が営業主体を混同誤認するおそれはある。すなわち類似しているものと認めることができるのであって右の認定を覆すに足りる証拠はない。

三次に、被告の「株式会社真空技研」なる商号の使用が不正競争の目的をもってなされたものか否か(商法二〇条一項)について検討する。

1 ところで、同市町村内において同一の営業のために他人の登記した商号を使用する者は不正競争の目的をもってこれを使用するものと推定されるが(同条二項)、右の場合、市町村とは川崎市にあってはその区をいい(商法中改正法律施行法五条、地方自治法二五二条の一九第一項、昭和三一年政令第二五四号)、また他人の登記したる商号には、同一商号のほか類似商号も含むものと解すべきであるところ、被告が原告の本店所在地と同一区である川崎市幸区内に所在している事務所、工場において、「株式会社真空技研」の商号を使用していることは、前示のとおり明らかであり、被告の使用する商号が原告の登記した商号に類似するものであることは前認定のとおりである。そして、前記第一項の争いない事実、<証拠>によれば、原告は真空集塵機、送風機、空気搬送装置及びその他の産業機械装置の設計、製作、施工、販売、修理並びにこれに附帯する一切の事業を営業目的とし、主として集塵機器の総合メーカーとして真空集塵機、空気搬送装置等の製作、販売を行い、一方、被告は真空装置、高周波装置及び電気炉の設計、製作、販売並びにこれに附帯する一切の業務を目的とし、主として半導体製造のための真空装置、高周波装置等の製造、販売を行っていることが認められ、また後記2(六)で認定するとおり現時点において原告及び被告が製造、販売している品目はほとんど競合していないことが認められるけれども、営業の同一性は現実に行っている営業種目を対比して決定すべきものではなく、かつ営業の主要部分につき検討を加えるべきところ、原告及び被告の右営業品目はいずれもその主要部分において産業用機器に関するものとして共通性を有するから、結局その営業は同一の範疇に属するものと認めることができる。

2 しかしながら、他方、前記第一項の争いのない事実及び右1の認定事実に、<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和四六年四月一日、肩書地を本店所在地、その商号を「真空技研工業株式会社」として設立、登記されたものであり、現在その資本金は一五〇〇万円である。

(二)  被告は、昭和四九年四月五日、川崎市中原区小杉陣屋町二丁目一八八番地を本店所在地、その商号を「株式会社真空技研」として設立、登記されたものであり、現在その資本金は一一〇〇万円であるが、右の設立当時、原告の存在は知っていなかった。

(三)  原告は、昭和五六年三月ころ、横浜市港北区綱島東六丁目四番一九号に工場を建設して、同工場に営業活動の拠点を移し、昭和六〇年一〇月四日には同所に支店の登記を行い、右工場に拠点を移して以後、右本店では書類を保管しているものの従業員は置かず、本店に送付された郵便物や荷物については、本店建物二階にある従業員寮に居住する従業員に原告の右工場までそれを届けさせている。

(四)  被告は、事業拡張のため、取引先が多く所在する川崎市中原区内を中心に工場用地を探していたところ、昭和五九年一一月、知人の紹介によって同区に隣接している同市幸区南加瀬二五九三番地に工場用地を取得し、昭和六〇年四月、同土地に事務所、工場を建設して、同事務所、工場に営業活動の拠点を移し、「株式会社真空技研」の看板を設置した。被告は、右事務所、工場建設にともない、本店所在地を右事務所、工場所在地に変更するため、本店所在地の変更登記を申請したところ、既に川崎市幸区には原告の本店が存在し、前記商号登記がされており、本店登記の変更申請が認められなかったため、やむをえず肩書地の被告代表者宅を本店所在地とする変更登記を行った。

(五)  被告の事務所、工場所在地は、原告の本店から直線距離にして約七〇〇メートル、原告の工場から直線距離にして約一キロメートル離れている。

(六)  原告と被告はいずれも産業用機械器具の製造、販売の営業を行っているが、原告は主に集塵機器の総合メーカーとして、真空集塵機、空気搬送装置等の製造、販売を行い、一方被告は主に半導体製造のための各種真空装置の製造、販売を行っており、現時点では原告と被告で製造、販売する営業品目についてはほとんど競合関係がなく、取引先は一部共通しているところがあるが、その場合でも競合関係にはないといってよい。

3 右1、2の事実及び前記第二項で認定した事実によれば、被告の事務所、工場は、登記された原告の本店が所在する同じ川崎市幸区内の直線距離にして約七〇〇メートルの近接した場所に存在し、被告の商号が原告の商号に類似しているため、郵便物の誤配等の問題が生じており、原告にとって憂慮すべき事態が起きていることは否定できないところであるが、他方、被告が川崎市幸区内に事務所、工場の設置をした当時、原告の存在を知らなかったか否かは証拠上必ずしも明らかとはいえないが、仮に被告が原告の存在を知っていながら、事務所、工場を建設したとしても、被告の「株式会社真空技研」の商号選定当時は原告の存在を知ったうえでなされたものとはいえないこと(被告が原告の存在を知った時期について、被告代表者本人は本店の変更登記を申請した際に知った旨供述し、一方証人佐藤憲司は被告会社設立後の昭和四九年ころ被告宛の荷物が原告方に誤って配送された際、被告代表者に電話でまぎらわしい会社名なので関係取引先に注意を促してもらうよう話した旨供述し、更に原告は原告の商号が記載された昭和五三年以降に発行された業界専門雑誌を書証として提出しているが、右各証拠をもってしても被告が設立当初から原告の商号を知っていたと認めるに足りない)、被告が川崎市幸区内に工場用地を取得し、事務所、工場を建設したのは、主に取引先の所在地に近いなどの考慮によるものであって、原告及び被告の会社の規模からしても、被告が原告の営業と混同誤認を意図して工場用地を取得したとはいえないこと、原告は営業活動の拠点を横浜市港北区内の工場に移し、本店では営業活動が行われておらず、川崎市幸区内の本店においては原告との営業の混同誤認の虞れは少ないこと、現在原告及び被告がそれぞれ製造、販売する品目は異なっており、原告と被告は競合関係にあるとはいえず、また本件全証拠によっても現に原告の顧客が被告に移った事実も認められないことなどに照らすと、被告の原告に対する対応にいささか適切さを欠く点の存することは否めないけれども、被告が不正競争の目的をもって、川崎市幸区内に事務所、工場を設置したうえ、事務所、工場の看板に「株式会社真空技研」の商号を表示、使用したと認めることはできない。

従って、原告の被告に対する商号使用の差止請求は理由がないというべきである。

四なお、原告は昭和六二年四月一〇日付準備書面(請求の趣旨及び原因変更申立書)をもって、新たに「二、被告は、被告製造・販売にかかる、真空装置、真空バルブ、真空排気装置、真空ポンプ、真空蒸着装置、その他真空機器並びにその包装、及び広告・定価表、又は取引関係書類について、「真空技研」なる標章を付し、又はこれを付したものを譲渡し、若しくは頒布してはならない。三、被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対し昭和六二年四月一一日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。」との請求(以下、これを「第二次請求」といい、従前からの請求を「第一次請求」という)を追加的に変更する旨を申立て、その請求原因として「被告は、昭和六〇年四月一日から現在に至るまで、被告の製造、販売にかかる真空装置、真空バルブ、真空排気装置、真空ポンプ、真空蒸着装置、その他真空機器並びにその包装及び広告、定価表又は取引関係書類について、「真空技研」なる標章を付し、又はこれを付したものを譲渡し、若しくは頒布しているが、右「真空技研」なる標章は、原告の有する商標権「真空技研工業」登録第一一五〇二八〇号及び「真空技研」商願昭和六〇―四八四九五号に同一若しくは類似しているから、原告に対する商標権の侵害になる。また、被告は、昭和六〇年四月一日から同六二年三月三一日までの二年間、右各製品について少なくとも金四億円の売上があり、これに一パーセントの商標権使用料率を乗じると金四〇〇万円の使用料となり、被告の商標権侵害により、原告はこれと同額の損害を被った」旨主張し、被告は右訴えの追加的変更は著しく訴訟手続を遅延させるから許されないとして争っている。

そこで検討するに、第二次請求は、昭和六二年四月一〇日受付の準備書面により行われたのであるが、当時、第一次請求についての審理は、既に昭和六二年二月一〇日に行われた証人の取調べによって証拠調べを終了し、同日裁判所から和解を勧告し、昭和六二年三月一三日の口頭弁論期日以降和解手続が進行し、他方原告及び被告の双方から右昭和六二年三月一三日付の最終準備書面も既に提出されていた状況にあって、和解が不調になったときには、弁論の終結が予定されていたものである。そして、第一次請求は商法二〇条による登記商号に基づく商号使用差止の訴えであるのに対し、第二次請求は商標権に基づく商標使用差止及び損害賠償の訴えであって、仮に右訴えの追加的変更を許可するとすれば、損害の発生事実等を含め更に主張整理及び新たな証拠調べが必要となり、今後かなり長期の審理期間が必要になるものと予想され、弁論の終結が著しく遅延することが避けられないと考えられるが、他方第二次請求の追加的訴えの変更が許されないことにより、原告の第二次請求が別訴によらざるをえないとしても、第一次請求の証拠資料を利用することは十分可能であることがうかがわれるのである。従って、右第二次請求の追加的訴えの変更申立については、その余の点につき判断するまでもなく、これを許すことは民事訴訟法二三二条一項但書の著しく訴訟手続を遅延せしむべき場合にあたるものということができ、これを許可せずに第一次請求について弁論を終結することがむしろ、訴訟経済に適合するというべきであるから、原告の第二次請求についての訴えの変更はこれを許可しないこととする。

五以上のとおりであって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澁川満 裁判官太田剛彦 裁判官加々美博久)

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